作文コンクール 
くらしの文集

 

5年生の作品

5年生  「小さな親切」運動賞

成長したわたしの妹

仁方小 五年 蒋   琳 娜

(めんどうくさいなあ。)
 わたしには、妹のように甘えてくる一つ年下のいとこがいます。呼び名をシェンシェンといいます。以前は中国に住んでいたけれど今は日本に来ていて、いっしょに住んでいます。日本の小学校に行くために、毎日わたしが日本語を教えています。始めはめんどうに思っていました。しかし、必死にがんばろうとするいとこを見ると、わたしもがんばろうという気持ちになります。何度教えても覚えられないときはカッとなってしまうときもあるけれど、それでもがんばろうとするシェンシェンの姿はわたしの宝です。
 ある日、いとこがわたしのお気に入りの本をさわっているところを見て、いらっとして心がぐしゃぐしゃっとなりました。足をドンドンふみ鳴らしておこりました。シェンシェンはぼうぜんとした様子でおどろいていました。わたしは、中国語で、
「何してんの。わたしの本が破れたら、どう責任とるつもり。」
とさけびました。悪気はなかったのだと分かってはいるけれど、小さいころから読んできている本を破られたらいやだったので、つい大きな声でおこってしまいました。シェンシェンは泣きじゃくりながら部屋を出ていきました。わたしはシェンシェンのことではなく本の心配をして、急いで確かめに行きました。このことから、わたしはシェンシェンの顔も見たくなくなり、日本語を教えることもしなくなりました。
 一週間がたったある日、わたしが学校に行こうとすると、シェンシェンが、
「オネエチャン、キョウ、ニハンガ、オシエテネ。」
と言ってきました。わたしが教えてもいないのに、一生けん命日本語で話しかけてきてくれて、うれしい気持ちでいっぱいになり、涙が出てきました。
「うん。いいよ。」
「ウン。アリガトウ。」
 帰宅後、わたしたちはさっそく日本語の練習を始めました。
「『わたしの好きな食べ物はすいかです。』ほら、言ってみて。」
「ワタシノシキナタベモノ、スイカデス。」
わたしは、どんどんいろいろな言葉を教えていきました。シェンシェンはどんどん正しい日本語で言えるようになっていきました。そのたびに、わたしたちは跳びはねて喜び合いました。その時、彼女が言いました。
「お姉ちゃん、いつもありがとう。わたし、次は書けるようになりたい。それに、字を読めるようになりたい。」
 わたしは元気よく答えました。
「これからが本番だ。気合い入れて、がんばるぞ。」
シェンシェンは力強くうなずいてくれました。
 それから、もう特くんが始まりました。始めに、ひらがなやカタカナ、漢字の練習です。二ヶ月後、シェンシェンはひらがなとカタカナの全てと中学年レベルの漢字を書くことができるようになりました。
「お姉ちゃん、ありがとう。大好き。」
「次は、本を読めるようになるぞ。」
「オー。」
 それからもわたしは熱い心で教え続けました。シェンシェンももちろん必死です。そして二週間。ついに「いなばの白うさぎ」のお話も読めるようになりました。目に涙をうかべて、
「お姉ちゃん、本当に本当にありがとう。」
と言ってくれました。
 わたしはこの言葉を聞いて、心がぐっとあたたかくなりました。初めは教えることがあんなにめんどくさかったのに、今では、もう平気です。それにシェンシェンがなんだか立派に見えてきました。今までうまくできなかった日本語が、今ではこんなに上手く話せて書けて読めるようになったシェンシェンが、今までよりも大好きになりました。そう思っていると、いつの間にか一つぶ二つぶと涙が伝いました。その時です。
「お姉ちゃん、ごめんなさい。大事な本を勝手にさわって、本当にごめんなさい。」
わたしはびっくりしてしまいました。
「まだ気にしていたの。もう大丈夫だよ。わたしこそ、ごめん。あんなにおこって。」
 シェンシェンは笑顔でだきついてきました。
「お姉ちゃん、大好き。」
 わたしも、心の中でそっとつぶやきました。
(シェンシェン、かわいいわたしの妹。大好きだよ。)

中国から来たいとこに日本語を教えることを通して、いとこも蒋さん自身も成長していくことが伝わる作文です。
 心がぐしゃぐしゃっとなったり、泣きじゃくったり、跳びはねて喜び合ったり、涙が伝ったり…。巧みな表現により、二人の気持ちの移り変わる様子が手にとるように分かります。
 また、いとこの会話文がカタカナからひらがな、漢字へと変えることで日本語の上達ぶりを伝えようと工夫していますね。
 いとこのがんばる姿は私の宝。これからも二人で刺激し合い、共に成長していってくださいね。

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